43. この日は西島さんより先に畑から引き揚げ、じゃがいもと 人参をふんだんに使った、すでに作り置きをしていた おいしいクリームシチューを19時頃に西島さんの家に 届けた。 ウインナーとサラダも付けて。 畑を貸してもらってるお礼に、時々こんなふうに差し入れしている。 今回はたくさん作れたのでキャンプ場の経営者の沙織さんの ところにも届けてきた。 「うぎゃぁ~、一品増えてうれしやぁ~」と沙織さんが喜んでくれた。 私がこの地に来たのは、年が明けて人々の生活が正月気分から 抜けた頃、今から2か月前のこと。 息子たちがまだ小さかった頃から、いつか、きっといつか 自分の本当に幸せを探すために、住んでいる街から……夫の家から…… 出て行こうと考えてきた。 旅に出ると言って家を出たのには理由があった。 50才になりアラ還目前の女がひとりで生きていくというのは 長年計画してきたこととはいえやっぱり限りなく不安なものだ。 万が一、新天地で上手くいかなかった場合は、ひとまず次の chanceを待つこととし、速やかに撤退して家に戻ろうと 画策していからだ。 ズルいかもしれないが、行き当たりばったりだけでは 幸せになどなれない。時には打算も必要なのだ。 いろんな種類の木々が連なり、多種多様な季節毎の草花が 咲き乱れている桃源郷のような山の麓の暮らしは、どうして もっと早くここを知らなかったのだろうと思わせるほど 魅力的なものだ。 毎日不自由な身体で、それでも歩き周囲の草花を堪能するコウ 家に居る時いつも仔猫のミーミのお守りをしながら、私の傍らに 居てくれるコウ。大好きだよ! 毎日、毎夜コウの何ともいえない深みのある瞳と顔を見る度 私は涙する。生きてることに……生かされていることに……より一層感謝する。 コウは私にとって偉大な存在。私は本当にコウに恋してしまった。 バカバカしいと思われようと、恋しちゃったのだ。自分でも自分がおかしくなって、いつかこの今の恋する気持ちは 失われて普通にペットとして好きなだけの気持ちに落ち着くのかも しれないと思いつつ、とにかく今は恋しく想う気持ちを止められない。 そして恋する対象に出会えた私は今、とても幸せだ。
44. 妻の居る町へ行って来た。 妻が、旅に出ます、のひと言を残して家を出て行ってから 2か月。 どう考えても旅にしては長過ぎる。 だが、当初はいうほど心配していなかった。 初めて出た長旅に堪能したら、帰って来るだろうくらいにしか 考えていなかった。 だが姉から自分の今までの行いを鑑みたら、葵は帰って 来ないつもりで出て行ったのではないかと、叱責され ここで初めてもうこのまま家族の暮らすこの家に戻って 来ないんじゃないか、途中で連絡もなくなり姿を消して しまうんじゃないか、妻を見るまではそんな不安にばかりに 襲われた。 怖怖(こわごわ)、いつ帰って来るのかと何度かメールを 打った。 しばらく、滞在してみたい場所が決まったからと、やっと 居場所の連絡があり、矢も盾もたまらず葵のもとへ会いに行った。 彼女からは、ずっとこのまま帰らない、の言葉はなかった。 もうしばらくここの暮らしがしたいと言われて、少し 不安が払拭された気分だ。 自分の考え過ぎだったかと。 仕事のこともあるので、今すぐというわけにもいかないが 自分が先で妻の暮らす町に行き一緒に暮らすという選択も 考えてみることにした。 そう思えるほど、自然に囲まれた静かで美しい町だった。 ◇ ◇ ◇ ◇ ずーっと、夫に裏切られ続けてきた私は、人を信じられなくて どこか壊れてしまったのだろうか? どうしてこんなにもコウに気持ちを持っていかれて しまったのだろう。 その理由を考察してみた。 ずばり、人間不信が根底にあるように思う。 どーして今まで気付かずにいたのだろう。 年を重ねる毎にどんどん私は周りの人間に不信感を募らせて いったというのに。
45. まず母について、 私の子供時代の記憶の中で母はいつも怖い存在として 認識されている。 理不尽なことをされることがよくあった。 怒られているわたし。 泣いているわたし。 悲しい想いをしているわたし。 ちっぽけな私の意見が尊重されることなど皆無だった。 母は、忙し過ぎていつも疲れていて、小さな子供の気持ちに 添うということなどとんと考えもつかなかったみたいだし そんな思い遣りを持つほど、余裕もなかったのだろう。 けれど、この私の気持ちを尊重しない態度は、私が 成人してからも続いた。 その横暴振りは適齢期に入ると更にヒートアップしていった。 年の離れた長姉(ちょうし) 父親の自営の仕事がなかなか軌道に乗らず、長年 貧困時代が続き、勉強がよくできたのに大学進学を諦め 就職を選んだ姉。 孝行娘だった姉は、両親が頼りにできる娘であり、相談相手 にもなりうる大切な娘だった。 そんな姉が母から怒られたりしているのを見たことがない。 姉は幼少の頃より長い間、子供時代を遠い田舎にひとりで 住まわされていた。(近所に親戚多数----見守り有) 田舎にあった持ち家にひとりで住んでいたのは小学生に なってから。 それまでは(2~3才頃から小学校に上がるまでの間)親戚の 人の家で世話になっていたようだ。 ちょっと普通では考えられない境遇で、親は親なりに いろいろと事情があったかと思うけれど、どうにかならなかった のか、と思ってしまう。 年の離れていた私は両親とずっと一緒で離れて暮らしたことはない。 反して長姉は結局中学卒業するまで田舎で独り暮らし 私たちの暮らす街にやって来たのは高校入学と同時だった。 姉が家族と一緒に暮らしたのは結局高校時代の3年間だけである。 そんな姉は就職と共に家を出た。 ということで、私が長姉と暮らしたのは3年間のみ。 親だってほぼ同じようなもの。 なので親としては、姉に対する遠慮もしくは、後ろめたさ みたいなモノがあったんじゃないかと思う。 姉はとっても親孝行な娘だ。 田舎にひとり取り残されていた愚痴も聞いたことがない。 だが、私には昔から意地悪で厳しい。 ちっぽけな取るに足らない存在として扱われ続けている。
46. 結局母親と姉からヤンヤ・ヤンヤとせっつかれ嫌な思いを したお見合いだったが、なんのことはない。 私は夫にアプローチされ、社内恋愛であっという間に 22才で結婚した。そして悪夢の日々は終わった。 結婚して夫という後ろ盾が出来ると母も姉も 手の平を返してきた。 夫がいる私はちっほけな存在から卒業したようだった。 子供ができると更に私はやさしく大切にされるようになった。 夫という後ろ盾+子供という素晴らしく愛らしい宝を 私が手にしたから。 姉夫婦に子供はできなかった。 夫と結婚し可愛い子をふたりも授かり実家からも大切にされて あの頃が私にとって最高に良い時代だったように思う。 幸せな時間を過ごすうちに、私は悲しかった過去を忘れて いったのかもしれない。 けれど、次男が産まれたあと、今度は夫の理不尽な言動に どんどん傷つけられていった。 これではいけないと思い、自分をこれ以上傷付けないための 方法を考え、強い意志でそれを実行してきた。 子供たちと自分を守るために! 長年に亘る結婚生活でほんとに人間不信、夫不信になって しまいある時、気付いてしまった。 夫が最大の人間不信の元凶ではあるが、その原因が夫だけじゃ なかったことに気付いた。 一番身近な肉親からも私は幼少の頃から大切になんてちっとも されてなかったってことに。 どーして忘れてなんていられたんだろう? 私は夫という信頼のおける、そして私に愛情を注いでくれる 人との暮らし(結婚後数年間)があまりに幸せで、幸せとは いえなかった実家での暮らしを忘れていられたのだろう。 そのことに愕然とし、寒気を覚えた。 そしたら突然自分の足元が崩れ落ちていくような錯覚に陥った。 結婚でやっと幸せに……と思ったのも束の間、自分が持つ 家庭もやはり安住の地ではなかったのだ。 けれど、救いはあった。 夫から経済的には補償されていたし、日々の生活において 圧力がかかったことは一切なかったこと。 重いモノは必ず率先して持ってくれたし、日曜大工でさまざまな便利に 使えるモノも時には作ってくれたり。 やさしい人ではあった。
47. コウと暮らすようになって、私は幸せで、幸せ過ぎて……。 幸せだなぁ~って、感じるといつも泣いた。 悲しい時に泣くのとは少し違っている涙。 泣くという行為は同じなのにね。 流す涙の違いを知った。 コウは麻痺の不自由な身体で毎日一生懸命お散歩したり、 私が帰るといつも必ず出迎えてくれる。 そして、寂しい時にはいつも側にいてくれるコウ。 今では私の唯一無二の存在。 私はコウに毎日恋をしている。 猫に恋するっていう言葉を使うのは変かもしれないけど 他に言葉が見付からない。 私は確かにコウにFall In Love. 息子たちも愛おしい存在だけれど、比べようもないほど私は コウに首っ丈なのだ。 幸福の幸という文字を取ってコウと名付けた。 コウには麻痺や他にも病気がある。 調子が悪くなった時、病院行けるよう、いっぱい働くからね。 聞いてたコウがひと声、ニャァ~と鳴いた。 仔猫のミーミは、1匹だけ畑に置き去りにされていたのを拾った。 母猫が育児放棄したのかもしれない。 コウは雄なんだけど、子育てがとっても上手なイクメン猫だった。 仔猫を育てたことがないのでものすごく助かった。 コウ、頼りにしてるよっ。 かっこイイ、イクメンさん。 ミーミはすっかりコウのことをおかあさんだと思ってる。 出ないおっぱいフミフミして、吸ってるぅ。 この2匹の光景は私の癒し、しあわせぇ~。
48. 夫が一度こちらに来てから更に年を越して、春になった頃 再度の夫からの声を大にしての、そろそろ帰って来いとの連絡が あった。 私が家を飛び出してすでに1年以上が過ぎている。 いつかはこんな日が来るだろうと思っていたが毎日の生活が 素敵過ぎて、ついつい考えないようにしていた。 私が直近で知っている最後の浮気相手の小野寺祐子のことを 知ってからまだ3年経過していない。 夫から財産分与、その他別途の慰謝料を貰って別れる時が 来たなと、重い腰を上げるべく、離婚状を叩きつけてやるか と、勇ましい言葉を胸の内で羅列して自分を鼓舞してみた。 この際だから、小野寺祐子にも慰謝料請求して やろう~ぉっと。 実はあの時、何とか浮気の証拠を掴もうとすぐに興信所を 雇っていた。 もうあの時点でふたりの関係は終わっていたので、証拠を 掴むのは無理かと、ほんとに駄目元で頼んでいたのだ。 しかし、予想に反して大きな収穫があった。 あの後、夫と小野寺祐子との間に接触があり、ばっちり ふたりの映像と会話が撮れている。 あの時は、そこまで準備したものの、まだその時ではないと 放置していたのだけれど。 私はこれからのことを話し合うため、こちらでの仕事を調整して 夫に会いに行くことにした。 ホテルの予約を1泊2日で取り、話し合いは個室のある 別の料亭を指示した。 初めて心の中で固めて暖め続けてきた自分の思いの丈を 本心を吐露するつもりだ。 相手が興奮してどんな行動に出るか予想がつかない。 今まで手を挙げられたことはないけれど……それは私が 夫に対して概ね従順だったからで。 私が思い通りにならないと知った時、どんな態度、行動に 出るか予想がつかない。 互いに言いたいことを言い出して、興奮して修羅場になったら…… 夫が豹変する可能性も捨てきれないので、暴力のことも予め 考えておきたい。 私は過去従順だった自分の仮面を脱ぎ捨て思いっきり 自分の気持ちをぶつけるつもりなので、万が一のDVに 備えて、息子たちに応援を頼むことにした。 私に危害が加えられそうになったら、すぐに助けられるよう 隣の部屋で待機していてもらうことにしたのだ。 どうしてここまで用意周到かというと、温和な
49. 夫はせいぜいが後数ヶ月か1年、最悪それ以上かとにかく、私が今の暮らし方をもう少し延長したいと申し出ると思っているはず。 けれど、Non Non トンデモ……! 私は関西の地元に帰り、夫と対決した。 ◇ ◇ ◇ ◇ 『私、もうこちらへは帰って来ないつもり』 「えっ!! 君、確か旅に出るって出掛けたんだったよね?それ、おかしくない? 息子たちや僕のこと、どうするつもり?家族を……家庭を…… 捨てるってこと?」「そうなるかなぁ。でも息子たちは捨てるつもりない……」 「……。」 しばらく、脳内で私の発した言葉を消化しようと努めていた夫は、しばらくして何かに思い至り、瞠目し口を開けたけれど音声を発することに失敗した。 「つまり、僕だけを捨てるってこと?」「これから先の人生は、新天地でひとりで生きていきたいの。あなたとは、もう暮らしていけない」「誰か好きな男でもできた?」「あなたと一緒にしてほしくないなぁ~。 すぐにそういう思考回路になるんだね。 皆がみんな、自分と同じような行動をするっていう考えは止めた方がいいわよ。 そんな簡単に男女の関係に普通の人間はなかなかならないよ。 しかも私なんて50才過ぎたどこにでも転がってるただのおばちゃんだよ?」 夫の前で初めてズバズバッとしゃべる私の姿に夫が戸惑っているのが分かる。「今まで文句や不満も言わず仲良く暮らしてきたじゃないか。子供たちも成人してこれから今まで以上に夫婦単位で旅行したりデートしたり仲良くできるこれからっていう時に、どうして? 理由が分からないよ」
50. 『都合悪いことは忘れてしまったの?文句は、言った。 浮気相手の3人目あたりまではね。 泣きながら、他の女性と付き合うのは止めて下さいって言ったよ? 忘れたの? それともその後も女が変わる度、私は大泣きして全身で大暴れでもして怒らないといけなかった? 訴えても暖簾に腕押しで私の言い分はあなたに届かなかった。 だから、諦めたの。 平気だったわけではないのよ。 あの時、私には守るべき幼子が2人いた。 だから、子供ともども生き延びるために両目を瞑ってあなたの不貞を見て見ぬ振りすることにした。 離婚を切り出せない不甲斐ない自分に反吐が出たわ。 もう夫婦生活もない50才を過ぎた平凡な只のおばさんに執着しなくっていいわよ。 それに今更なことであなたに怒りを向けるんだよ。 あなたの今持つ私への未練は、今までの従順な私にただ情が残っているだけのものだから。 溜め込んでたモノをぶつけていくような私は、きっとあなたが慣れ親しんできた愛しく思い続けてきた妻じゃないはず。 私を自由にして下さい』 ◇ ◇ ◇ ◇今まで俺が見たことのない誰か知らない女性の眼差しで妻は俺を捨てようとしている。 散々大勢の女たちと浮気しながら俺はどうして妻が他の女たちと同様に自分を欲している、愛情を向けてくれていると今のいままで何の疑いもなく思っていたのだろう。 29才で結婚し、数年後からつい最近までどっぷり家庭とは別に大勢の女たちとアバンチュールを楽しんできていながら自分勝手な思い込みを続けて来れたものだと、突然覚醒した俺は、ストンと妻の言い分が腑に落ちた。 妻が永遠に自分の居る場所に戻ることなく、目の前から居なくなってしまうということに。 そんな現実を突き付けられて初めて、夢から醒めたような気持ちになった。 『私のお願いに聞く耳持とうとしなかった頃から、息子たちが大きくなったら家を出て行こうと考えていたの。その頃からずうっとよ。ちょっぴりコワイ話をしましょうか。 あなたの度重なる浮気に目を瞑るようになった日から私はあなたのことを愛したことなど一度もないのよ。 あなたへの愛はポイって捨てたの。 あなたを夫と思わず生きてきたの。 知らなかった? 毎日がお楽しみに忙しかったあなたが気付くはずないか
67(番外編) お互いの気持ちを確認し合ったことで葵は前にも増して軽やかに西島と接することができるようになった。 自分の気持ちに素直に……。 心の中で毎日『大好きです』の言葉を西島に送るようになった。 日によってそれは『大好きっ』だったり『大好きなんです』だったり、『何でこんなに好きになっちゃったんだろう』だったりその時々の気分で変わる。 ◇ ◇ ◇ ◇ 程よい距離感で付き合って3年の月日が流れた。 西島さんへの好きの気持ちはちっとも減らなかった。 一緒に暮らすことの怖さや不安よりもたくさん側にいたい気持ちの方が勝るようになっていった。 七夕の日に『西島さんの奥さんになりたい』と書いて、差し入れのおかずを入れた容器の上にカードを貼り付け、袋に入れて何も言わずに西島さんにいつものように手渡しした。 いつもだったら次の差し入れ時に、洗ってある前の容器を受け取って帰るのだけれど、今回は翌日の朝一番に西島さんが家まで届けてくれた。 「ご馳走様! おいしかった。」 いつもの笑顔で西島さんはそう言ってくれた。 早朝届けてくれた容器を紙袋から取り出すと、わたしが願い事を書いた短冊の裏側が同じように貼り付けられていた。 そこには西島さんからのメッセージが書かれてあった。―― もう僕は3年前から願っていました。 こちらこそ、僕の奥さんになってください。―― たった2行だけれど、そのメッセージが私に 最高の幸せを運んでくれた。 ずっと待っていてくれた西島さんも私の願いを読んだ時今の私と同じように幸せを感じてくれたろうか!「じゃあ、行って来ます」「わざわざ届けに来てもらってありがとう! 行ってらっしゃい」 私をもういちど振り返り、西島さんは職場に向かった。 ―――― Fin. ――――
66『大好きな男性《ひと》と結婚して奥さんになって、楽しくて幸せな家庭を作るのが私の夢だった。 きっと女性なら皆《みんな》そうだと思うけど。 本気で向き合ってもらえてるんだぁ~って、再確認できて本当にうれしく思います。 ただ、元夫との長い結婚生活でかなりの人間不信になってしまってちゃんとした夫婦で居続けるということが……信じ続けるっていうのかなぁ、上手く言えないけど……人間社会での生きていく上での約束事にもう縛られたくないっていうか。 裏切られることが怖いんだと思うの。西島さん、私はあなたのことが好きだしずっと側にいて仲良くしていきたいのでこれからも宜しくお願いいたします。 プロポーズ、お受けします。 私も遊びなんかじゃないです。でも、仲の良い友人、恋人、この関係のままがいいような気がするので……どうでしょ?だめですか?』 「やっぱりね、そんな気がしてた。でも気持ちの上でのプロポーズは受けてくれて、ほっとしたよ。 こちらこそ、ありがとう。今の関係でこのまま仲良くしていけたらよいね。 でもいつか、君の中で入籍をしたいと思う日が来たらその時はちゃんと僕に言ってほしい」 『ありがとう、そうします』 今日は西島さんから私たちの気持ちを確認するようにリードしてもらってうれしかった。 私への気持ちが本気だと言われて、やっぱり女性として感激してしまった。 心から甘えられる恋人がいるって最高。 こんなおばさんになって、素敵な出会いが2つも訪れるなんて自棄を起こさずに生きてきて良かった。
65 . 番外編 毎晩、葵は僕に『大好きだよ涙が出るほど』って言うんだ。 そして、やさしく撫でてくれる。 ミーミがいつも『私は? ねえ、私は?』って葵に言う。 そしたら葵は『いい子だね、可愛いね、ミーミおいで~』ってミーミを抱っこするんだ。 にゃぁー『どうして大好きって言ってくれないの?』ってミーミが泣く。 僕は葵にとって特別な存在らしい。 葵の手はやさしくて、暖かい。 僕も葵が好きだ。 『にゃぁー』ってミーミが泣くと、僕はミーミのことをたくさん舐めてやって『いい子だね、大好きだよ~』って言ってやる。 そしたら、ミーミは落ち着くんだ。 最近、西島っていう人がちょくちょく家に来るようになった。 仲良さそうにしているけど、葵が西島さんに『大好きだよ』って言うのは、まだ聞いたことがない。 もしかして、どこか余所の場所で言ったりしてないだろうか! ◇ ◇ ◇ ◇ 「質問と言うか、提案と言うべきか君と意思確認しておきたいと思うことがある」 西島さんはそう言ってきた。 たぶん、あのことだと思った。 真面目な彼のことだからきっと……。「君との付き合いは遊びじゃないから、それをちゃんと証明する意味で確認したいことがあるんだ。 君さえOKなら、入籍してもいいぐらいには本気だ、君とのこと」「ありがと、そう言ってもらってとってもうれしいぃ~。 それって、プロポーズだよね? 違ってたら恥ずかしいけれど』 「いや、違ってなんかなくてその通りなんだけど。あぁ、今更この年で恥ずかし過ぎて、直截的な言いまわしは使えない……と言うか、断られるような気がして。 お伺いのような聞き方しかできないでいるのが、正直なところかな。 君も僕と一緒で遊びでこういう付き合いのできる人だとは思えないけど……でも、結婚を望んでの関係じゃないような気もするしで、できれば君の思っている気持ちを知りたいっていうのが一番。どう? 僕の勘は当たらずとも遠からずではない?」
64 (最終話) 普通は離婚したことなんて誰も進んで言いたがるようなことじゃ ないよね? だけど、私は気が付くと畑に向かって走っていた。 実際は自転車に乗ってたんだけども。 気持ち的には、自分の足で走っていたのだ。 とまれ…… 畑に居るその人に一番に伝えたくて。 離婚が成立したことを西島さんに報告した。 西島さんにとって私が離婚したことなど取るに、足らないことだと 分かっていてもどんなことでもいいから何か彼からの言葉が 欲しかったのかもしれない。 私は風が草花を揺らし続ける静寂の中でその時《彼の反応と言葉》を待った。 そしたら、早速西島さんからデートに誘われた。 デートと言い切るには、私の勝手な妄想が随分と入って いるのだけれど。 「じゃあ、今まで遠慮してたのですが、今度雰囲気の良いお店に 飲みに行きましょう。 帰れなくなったら、私の家に泊めてあげますから」 「ありがとうございます。 ぜひ、お供させていただきます」 そう返事をしたあと、私は畑で西島さんの姿を時々視界に入れつつすぐ いつものように作業をし始めた。 自然が醸し出すきれいな空気と、愛でている野菜たちが 閉じ込めようとしても出て来てしまう照れくささをすぐに 取り去ってくれるから。 心から湧いてくる喜びに私は浸った。うれしいお誘いがあって ……好きな人から誘われて …… Happyな気持ちになって …… 私と西島さんは、もちろん将来を約束している恋人同士ではない。 そんな決まりごとの関係なんて、くそくらえだ! 刹那的と言うのは例えが重苦しいからアレだけど、その一瞬々を 思い切りお気に入りの人と楽しく過ごすって何て素敵。 家に帰ったら絶対彼氏のコウと愛娘のミーミが待っててくれて 必ず~おきゃえり~にゃぁさぁ~い~って出迎えてくれる。 I Wish 私が願ってやまなかった幸せがすぐ側にある。 Happy Life...... 素晴らしい人生がI Love People... 愛お し い人たちが I Love My Cats.. そして愛しい猫たち ――――― Forever ―――― ※番外編へと続く→ 65話66話67話
63. 興信所の調査に貴司は落胆を隠せなかった。 きっと、何も事情を知らない調査員がこんな姿を見たら さぞかし不思議がったことだろう。 結果がクロなら分かるが、シロで落ち込むなんて日本中探しても 確実に自分くらいなものだろうから。 ここで往生際の悪いことをしてもどんどん自分だけがドツボに 嵌っていくであろうことはすでにこの頃、貴司は自覚していた。 結局自分だけは不倫や浮気で離婚された悪友たちの二の舞は 踏むまいと先手を打ったものの、ただの足掻きでしかなかったのだ。 どんなにこれからも葵と一緒にいたいと願っても……2度と 葵がこの家に、自分の元に、戻って来ることはないのだ。 葵のいないこれからの生活など貴司には想像もつかない。 今更何をと言われようとも、まだまだ心の整理が必要だ。 ◇ ◇ ◇ ◇ 夫の貴司と会い離婚を突きつけてからほどなくして あっさりと離婚が成立した。 今後私が困らないようにと、財産分与に追加して今までの お詫び料だと言って更に上乗せした分を夫が渡してくれた。 お金に汚い人でなかったことが救いだ。 年金分割も同意してくれた。 円満に話が進んだので、今後は息子たちの親という立場で スムーズにお付き合いできるのかな? と考えている。 『まっ、こればっかりはしようがないものね~』 夫から役所へ離婚届を出したと連絡受けた後、私は大きく深呼吸した。 この日をずっと待っていた。 長かった。 苦しかった。 切なかった。 そして……ようやくすっきりした。 私は小山内(おさない)葵に戻った。
62.遡って仁科貴司が初めて葵の様子を見に畑を訪れた日のこと。 男の自分が見ても水も滴るいい男。 醸し出すオーラからして違っている葵の夫が少し離れた 所に居る。 葵の夫仁科が来た時、たまたま道具と水を取りに行ってた 自分は、2人からはかなりの距離があった。 ふたりの遣り取りの雰囲気から、その場にはいない存在に なるよう努めた。 視界の端でその男を見た瞬間、知らぬ間に昔の思い出の中に ワープしていた。 その場面は子供が幼かった日の運動会で西島の今は亡き妻もいた。 仁科貴司が息子たちを伴って妻である葵と歩く姿を目にすると 余所の奥さんたちは色めきだった。 その様子を見ながら西島の妻は、私はあなたが一番と言ってくれた。 そう言われてうれしかったことを思い出した。 だがあの時、自分は冷静に考えた。 しかし、そんなふうに言ってくれる妻だってどちらに対しても 初対面で、自分かあの男かを選べと言われたなら、きっとあの男を 選ぶだろうと。 それが当然と思えるほどに、仁科は魅力的できれいな男だ。 それでもだ、余所の女房連中がキャーキャー騒ぐ中、あなたが 良いと言ってくれた愛しい妻が偲ばれた。 葵さんも独特の雰囲気を持つ、キュートな女性だ。一切毒のない女性で、派手に着飾って美貌をアピールする でなし、夫の横にいても高慢に振舞うでもなく、しとやかで 清楚な雰囲気を纏い、素敵に見えた。 あの少し毒さえあるような男には、派手で彫りの深い顔に 厚化粧をしているような美人が似合いそうなせいか、皆 奥さん連中は血迷い、 もしかしたら、あのきれいな男の横にいたのは私だったかも しれないと、勘違いしていたのだろう。 そんな雰囲気が彼女たちの言葉や態度から見てとれた。 その様子におかしいやら、あきれるやらしていたのを ふと思い出した。 ◇ ◇ ◇ ◇ 昔の思い出に浸っていたらいつの間にか、葵と貴司の姿が 見えなくなっていた。 仁科貴司はやはり今夜、葵の暮らす家に泊まって いくのだろうかと思った。 昨日は葵からお好み焼きの差し入れがあった。 自分の好きな豚肉がたくさん入っていた。 たくさん持って来てくれていたので、今日はみそ汁を付けて 食べるとするか。 手作りのお
61. 2人の関係は、真っ白と報告が上がってきた。 報告書を受け取った貴司は、加藤なる調査員からトドメのひと言を 言われる始末。「あんな素敵な奥さん、私が欲しいぐらいです。 大切になさって下さい。」 普通の人間なら、ここは喜びほっとするところなのだが 元々目的の方向性の違う貴司はガクっときたのだった。 内心では自分もこんな風な結末だろうことは、分かっていたのに。 念のため、録音したという畑でのふたりの会話を聞いた。 葵の声が弾んでいて楽し気だった。 息子たちと話している時の妻の様子に近いモノがあった。 相手に気を許し心を開いている様子を伺い知ることができた。 長年妻が自分に対してどんなに心を閉ざしていたのか 思い知らされる結果になってしまった。 今更、と言われるかもしれないが、いつの間にかこんなにも 妻の気持ちが自分から離れてしまっていたのだと気付いた。 自分は今まで何人の女たちと関わってきたのだろう。 だが、ひとりとして妻ほどに、自分の心を開いた相手はいない。 だが、どうもその妻に対しても俺は言うほど心を開いては いなかったのかもしれない。 きっと妻の方では俺に対して心と心を通わせ合えるような関係を 構築したかったのかもしれないが、俺は自らそれを打ち壊し続けて きたのだろう。 先日の妻の半端ない決意を聞いてしまった以上、焦るものの 妻に家へ帰って来てほしい、また元の家族で暮らそうと もはや言い出せない貴司なのだった。 ******** 特に主になって調査を進めていた加藤は、畑での男女を知るにつけ 今時珍しい実直な2人のファンになっていた。 ある夕暮れ時に見たふたりの姿が今も瞼に焼き付いている。 女性の方が猫を2匹連れて来ていた日のこと。 ふたりが水筒に入ったお茶で休憩していたら、それぞれの膝の上で 猫たちが一匹ずつ寝てしまい、ふたりは猫をそれぞれ自分の子供に するようにやさしく撫でる。 むろん、ふたりは無言だ。 そこには2人と2匹のやさしいたゆとう時間が流れていた。 男と女。 猫と仔猫。 しばらくの間、4つの存在は切り取られたアルバムの中の写真の ように異次元に飛んでいった。 それは美しく清らかな一枚の絵となった。 この
60. 私が他所の女性と付き合うのを止めるようどんなに頼んでも 分かったと言うだけで馬耳東風、止めようとしなかった夫に 絶望し渇いていた私。 ちょうどその頃、2才を少し過ぎた次男の智也が 台所の椅子に座っている私の側に来て私の頬に キスをしてくれるようになった。 『チュッ』 長男はそんなことをしたことがなかったので最初、すごく 吃驚した。 『₹ャァ ウレピー』 チュッとキスをした後、必ず私に言ってくれた言葉がある。 「おかあさん、しゅきっ ♡」 とてもとても幸せなひとときだった。 それは次男が5才か6才になるまで、結構長い間続いた。 夫からは決して得られない幸せの時間。 私だけを映す次男の瞳がとても愛おしかった。 ** 葵がそんな昔の想い出に浸っていた頃 ** 葵の夫である仁科貴司からの依頼で興信所が動いていた。 ありもしない葵の浮気を暴こうと、男関係を調べていたのである。 敏腕調査員、加藤は確信する。 白、シロ……まっしろ。 仁科貴司の奥さんには一切おかしな行動はない。 加藤と一緒に動いていた若手のスタッフ沢田と玉木も 揃って妻の葵のことをベタ褒め。 『ホレテマウワ』 夫なり妻なりが何か思うところがあって調査依頼して来ると 大抵の場合は、その何かおかしいと思う予感は当たっていることの 方が多いものだ。 今回のように何もないことは本当に珍しい。沢田+玉木: 「「この依頼者の旦那さん、いい奥さんで裏山(うらやば)しいなぁ~♡」」加藤: 「ちゃんと、羨ましいと言えっ」 別居している妻が心配でしようがないようだ。 奥さんは、畑を間借りしていて持ち主である小児科医、西島と よくその畑で一緒になる。 自分たちはその畑の数箇所で2人の会話が拾えるように高性能の ICレコーダーを畑のあちこちに取り付けていた。 後《のち》に回収してその会話を聞いた。 2人の会話はどこにでも転がっているような内容で、時々聞いている 者をもほっこりさせるような楽しくてユーモア溢れる話が あ
59. 「賢也、智也、私ね……愛すべき貴方たちふたりの息子を 授かれたことは本当に私にとって最高のプレゼントだって 思ってる。 だから、夫婦としてお父さんとは上手くいかなかったけど 全てが駄目だったってわけでもなかったと思うの。 今が一番大事だからね、一生懸命前向きに生きるわ。 ここに来るには、ちょっと時間が掛かるけれどいつでも来て。 おいしいモノ作って待ってるから」「ぜひそうする。 ほんと、ここは自然に恵まれていていいところだね。 仕事のことがなかったら、俺もこんなところで暮らしたいよ」 と賢也が言った。 『オレも年とったら、畑してみたい。かあさんがここで 根付いてくれてたら、将来こちらに住む拠点も移しやすそっ。そういう意味でも、かあさん、頑張ってくれよんっ』 と今度は弟の智也が続いて言う。 「西島の父ちゃんがその頃になったら隠居生活に入ってる かもしれんし。譲ってもらえんとも限らんから、おまえ 貯金しっかりしとけっ。」『おっしゃぁ~、お金溜めるべぇ~』 久し振りに会った息子たちはコウやミーミと戯れたり畑へも 一緒に行って野菜を収穫したり、自然を満喫して日曜の午後 帰って行った。 帰ってゆくふたりの背中を見つめ、彼らの行く末が幸多かれと 願わずにはいられなかった。 いつもじゃなくって、瞬間々なんだけどね 幼い頃の息子たちとの日々を思いし懐かしむことがある。 そんな中でも私の荒(すさ)んだ気持ちを解きほぐしてくれた 出来事は私の一生の宝だ。